December 31, 2007

9月22日~23日 旅の終わり

 韓国では、あまり大したことはしませんでした。
 韓国に着いても、体調は良くなりませんでした。

 簡単に、行ったことを羅列します。

 向こうは、チュソクで、賑やかでした。
帰りの仁川空港内


願い事が書いてありました


空港の案内の人も民族服


 ブレがひどいのは、私の腕が悪いためです('・ω・`)

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9月21日 国旗掲揚とソウルまで

 この日は、北京最後の日でした。
 早いもので、この日の夕方には、韓国のソウルです。

 この日も早く起きました。目的は、天安門広場の国旗掲揚式を見に行くためです。
 国旗掲揚と降揚は、ガイドブックによると人気のあるイベントのようで、たくさんの人が見に来るとのこと。時間は、日の出と日没に合わせるため、それを告知する電子掲示板もあるそうです。

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9月20日(3)バスで颐和園へ

 さて、帰りましょう。
 同じ番号のバス(661番)に乗ると、(当然)元の場所に戻れるので、バス停で待つと、しばらく経つとやってくる。しかし満員。時間は午前10時は過ぎていたと思ったが、とにかく乗車。混雑で、女性客の足を踏んでしまうくらい(汗)、すし詰め状態だった。
 しかし、ここで、アナウンスを聞き間違え、途中で降りてしまう。

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9月20日(2)スーパーと廬溝橋と宛平城

 バスを降りると、公園のような施設と、その奥に城壁が見える。どうやら、ガイドブックによると、廬溝橋事件で、関東軍が占領した宛平城らしい。そして、向かって右側に、スーパーが見えた。
 実は、この日も体調は良くなかった。食欲も無かったのだが、何かお腹に入れるものを購入しようと思い、目の前のスーパーに入る。旅行先で、このような食品店に入ると、暮らしが分かるようで、興味半分によく入るのだ。

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9月20日(1)バスで廬溝橋へ

 もう、年の暮れです。
 早いものです。この話は9月の中旬で、中秋の頃の話なのですが、年が変わる前に何とかしたので(多分間に合わないけど<早くも敗北宣言)
 テレビでは、紅白歌合戦をやってます。今は、リア・ディゾンさん。鶴瓶がこれ以上粗相をしないことを祈ってます。

 さて、本題です。

 最後の承徳の晩(9月18日)。北京テレビ(BTV)で廬溝橋のいわれの番組を見ました。もうすぐ中秋の名月、廬溝橋は、清の乾隆帝が名月の場所として認定したそうです(廬溝暁月)。当日は、交通規制があるよとついでに伝えてました。

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November 18, 2007

9月19日 北京に戻る

 この日は、良い天気。旅行中一番の快晴であった。
朝の承徳


朝からにぎわう街角

 朝から、爆竹が鳴り響く、どうやら結婚式かなにからしかった。朝、ホテルの周辺を散策する。いわゆる屋台の朝食屋が道路に机をだして営業しているのを見かける。勇気は無く、体調もまだまだだったので、遠巻きに眺めるにとどめる。
 近所のスーパーの開店を待って、店の中を覗く、ここでお土産を購入。地下の大型店舗で、袋をもって入場できないスタイル。各コーナーに係員がいて、親切か、万引き防止かわからないが、向うから声をかけてくる。ここでは、杏仁露の元を買う。
 ホテルに戻ると、結婚式関係者(友人)が、慌ただしく出入りしている。にぎやかである。

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9月18日 雨の日に避暑山荘へ

 この日は、朝から雨でした。けれど、朝から爆竹が鳴り響く、ホテルで朝食をとったあと、しばらく部屋でテレビを見る。
 「家有儿女」というシットコムを見る。104集とかなっていたので、かなりの長寿というか、人気番組のようだ。

 「家有儿女」紹介ページ(新浪網)

 北京に住む、マスオさん風の男性と、活発な女性の夫婦、なんと男の子が2人いる家族である。そこに女の子が引っ越してくる(?)女の子は、家族にワガママな条件を突き付け、お母さんをキーッとさせる。その子が、ボーイフレンドを連れてきての騒動であった。
 中国のドラマは、字幕がつくのでありがたい。
 なんか、面白くボーと見る。しかしなんだか、アメリカのホームドラマをよく研究している感じだ。中国らしさがあんまり感じない。そういい忘れたが、体調はよくない。この日は、最高気温20度、寒すぎるのである。それでも、半袖の現地の人はたくましい(翌日はさすがにそうでもなかったが)。

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9月17日(5)とうもろこしと夕食

 リフトで降りるころには、すっかり客の姿もなく、私たちが、この日最後のお客さんのようでした。
 この時間は路線バスが近くまで来ないため、ちょっと歩く、ガイドさんは、通りでインゲン豆のお化けのような大きさの豆を見かけ、夕食用として購入していた。
 近くでお母さんが、幼い子供をあやしながら、とうもろこしを練炭で焼いて売っていた。子供は、牛乳の袋(中国では、ぺっしゃんこになるようなビニール製の袋に牛乳を入れて売っている)をぶんぶん振って遊んでいる。いい光景。
 ガイドさんは、私の姿を見て、道中私がとうもろこしが好きといったことを思い出してくれたのか、とうもろこしを買ってくれた。売り手のお母さんとガイドさんが会話をしていて、お母さんは、私が優しそうだから、中国人かと思ったと言ったそうである(汗)。朝とはえらい進化である。
 とうもろこしは、お世辞にも日本のものと比べ美味しいとは言えないものでしたが、この素朴な味とこの土地のことは、忘れないと思った。

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9月17日(4)蕎麦を食べ、磐錘峰に行く

 さて、ミニポタラ宮の見学を終えたら、「磐錘峰に行きましょう」と、ガイドさんは、さも当然そうに着いてくる(普寧寺は行ったと伝えていたのだ)。
 私は押しに弱いのである(汗)。
 バスに乗って、一旦、避暑山荘前に戻る。思えば食事もとってない、ガイドさんは「お腹が空いてないか?」と聞いてきた。思わず、ガイドブックの碗坨(わんとう)を指さし「これを食べたい」と伝える。すると、携帯電話でなにやら連絡をしだす。お目当てがあるのだろうか?電話が終わると、案内しだす。
 大通りに面したお店は高いとか言いながら、ちょっと一本入った、家常菜(家庭料理)の店に連れて行ってくれる。
 

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9月17日(3)普陀宗乗之廟でガイドを雇う

 普寧寺を出で、次は、ミニポタラ宮(普陀宗乗之廟)を見に行くことにする。
 ちなみに外八廟は、清の時代に、夏宮であった避暑山荘の外側に、時の皇帝(乾隆帝)が、その生涯における記念碑的な目的(?)で建設したというところ(書剣恩仇録でも出てきたと思いましたが、新彊の乱を抑えるために親征を行った際の名残のお寺(安遠廟)もある)。
 避暑山荘は、康煕帝が作り始めた訳だし、承徳は結構面白いところなのだ。


 

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